これは、妻と二人で発見した。それだけにsection1に比べ、汎用性が若干高い“リンク”になっている。妻の実家は千葉県にあるが、ご両親はなんとあの江戸っ子だ。私は父の影響で子供の頃から「落語」が大好きであった。熊さん・八っつぁんの世界には耳に馴染みあり、憧れさえ抱いていた。意識はしなかったが結果として熊さん・八っつぁんの様な人達と親戚になれたのは、結婚して愛しの彼女と暮らせることに匹敵するほど実は嬉しかった。しかも、妻も江戸っ子の気質を確かに受け継いでいる。私はなんと幸運な男なのだろう。
しかし、これには思わぬ落とし穴があった。落語を聞いて笑っている分には“落ち”があり、「お後がよるしいようで…」で、一巻の終わりだが、本物の江戸っ子はそうはいかない。落とし話の中のドタバタが24時間、365日に渡って繰り広げられるのだから、そうそう笑ってばかりもいられないのだ。
江戸っ子の特徴は「し」と「ひ」の発音が区別できないことばかりではない。特有の感情の表現の仕方があるらしいのだ。例えば相手が風邪で弱っていると“心配”で“怒り出す”。具合が悪い上に怒鳴られるのだから、たまったものではない。あるいは、親しみの表現として怒鳴る。「元気か?バカヤロウ!」といった具合だ。どうやら総じて短気で気が小さいらしい。
そんな中で、興味深い江戸っ子的な感情の表現のひとつを発見した。妻は“プレゼント”されることを恐縮のあまりに“怖がる”のだ。今年の妻の誕生日に、欲しがっていたサングラスをプレゼントしたのだが「うれしい!」などとは決して口にしなかった。それどころか「お金は自分で出すョ」などと言い出す始末。それではプレゼントにならない。そして、かえって悪いことをしたみたいだ。一般に「幸せすぎて怖い」という言葉が使われる場合があるが、その程度を超えたものらしい。そこで気が付いた。本来は「プレゼントされたら有り難い」。「幸せすぎたら有り難い」が正しい使われ方ではないか。しかしまあ、よくよく考えてみると「幸せすぎて怖い」は私にも理解できる。『“有り難い”と“怖い”の間には密接な関係があるのだ』。
そこで、逆をもアリなのでは?…… 本来“怖い”事柄を“有り難い”と思ったらどうなるだろう。「幽霊は有り難い」「雷は有り難い」「災難は有り難い」……恐怖心は自己防衛に役立つが、心身の機能を低下させる働きがあると思われる。しかし、密接な関係を持つ“感謝”は発展的な働きを持ち、あらゆる困難を克服するカギになるに違いない! どうせなら、後者で行きたいものだ。
「私は良き伴侶に恵まれて非常に“有り難い”…I?」
教訓1◆感謝の心をバネにがんばろう!
教訓2◆江戸っ子には気を付けろ。
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