「私は犬が好きなの!」「いや、僕はやっぱり猫だなぁ」
「それじゃあ、あなたは犬と猫、どっちがすき?」…巷でよく交わされる会話である。
たわいもない会話のようだが、私はこの奥に遂に巨大な(?)“脳内リンク”を発見した!
実際に私もこのような問いかけを何度も受けてきたが、その度に釈然としない気分になりながら「う〜ん、どっちかと言えば犬かな?」と答えたり、気分によっては「やっぱ、猫かな?」などと適当な返事をするばかりだった。しかし数年前、女将さんからこの問いかけを受けた時、なぜか私は『正直に答えよう』と思って、少し真面目に考えてみた。やはり、どちらかと言えば犬の方がいい。猫は気分屋で人間様を馬鹿にしたようなところがあり、好きになれない。いや待てよ? 実家の隣の家の飼い犬は根性が曲がっているみたいで嫌いだ。また、猫だって喉を鳴らしてすり寄ってこられたら可愛いものだ。むむむ…。いったい私は“犬好き”なのか“猫好き”なのか??? ほんの数秒間に真面目に考えた末、私が出した最も的確にこの状態を表現した答えは…
『その犬や猫による!』
我ながら素晴らしい返答ではないか! 全く言葉の通り、なんの矛盾もなく一言で複雑な胸の内を言い切れている。これには女将さんも舌を巻いた(か、どうかは不明だが)、結構ウケが良かった。それ以来、私の“必殺技”として今に続いている。ま、犬猫についてのたわいもない会話の中で、なにが“必殺”なのかと言えば返す言葉はないのだが…。
心底から動物好きの方は別として、自分は犬好き・猫好きと名乗っていても、実際は私のように「犬は好きだが、あの犬は別」という方がほとんどだと踏んでいる。また、「猫なんて大嫌いだけど、この猫だけは大丈夫」も、あるのではないだろうか。その意味でも、自分のこの発言に何か“してやったり”と言うような妙な快感を覚える私ではあった。ただ最近になるまで、このことは“ちょっと面白い話”にとどまり、どこにも“リンク”することなく頭の片隅にあるのみだった。
ところが、最近になって、ある出来事を通して『その犬や猫による!』の考え方が、私の頭の中で一躍脚光を浴び、生活の中のあらゆる事柄に関わる絶妙な“リンク先”を得ることとなったのだ。
その『出来事』は諸々の事情により詳しくは書けないが、ざっと、次のような次第だ。私が受講したある講演会でのこと。講師のS氏が語る内容に私は「ふむふむ」と、驚きと共感をもって聞き入り、実質的にも発展性から観ても随分と得るところが多かったように思えた。しかしY氏の見解は違っていたようで、その後の言動から察するところ、S氏の全てを“拒絶”さえしているようだったのだ。「なんで?」Y氏とS氏は共感しあえる要素が沢山あるはずなのに…とは思ったが、他人の頭の中のこと。わかり合える部分を探したくもないのなら、それはそれで仕方のないことかもしれない。
さて、そこで、ここからは私の頭の中だ。Y氏は地域に偉大な功績のある方で、私などから見ると“天才”かと思えるほどの人物だ。高い理想を掲げ、それに向かって邁進、そして実現する…。やっぱりすごい。だが、何か釈然としない。『その犬や猫による!』の私としては、彼の“偉業”が極端な話「犬はこうあるべきだ。猫はこうあるべきだ。そして、そうでない犬や猫は犬猫にあらず!」の様な考え方に基づいているように思えてならないのだ。Y氏のS氏への接し方を見ては、なおさら私はこの思いを否定できない。意見の相違があるからと言って、相手を“まるごと”否定して拒絶してしまうのは如何なものか。『あまりに“画一的”過ぎるのではないか!』……おお!これだ!釈然としなかった理由は“画一的発想”なのだ。
「私は犬なんか大嫌い!」と言い放って、その後に“可愛くて憎めない犬”が登場しない訳がない。画一的な発想は、頭から犬全体の拒絶を決め込ませて、折角その人にとって“愛くるしい犬”が目の前に現れても、それに気付かせない。これは非常にもったいない事だ。だって、無邪気に犬と遊べたらきっと楽しいに違いないから…。逆も言える。「私は犬が大好き!」と言っても、中には凶暴なヤツもいる。好きだからと言って油断しては命に関わる事もあるかもしれない。“犬”“猫”と言った大ざっぱな分類、また、それらを一つの“塊”と捉えては、確実に損なのだ。
と言って、随分決めつけてしまっている私だが、いろんな意味で能力が低いなりに智慧を働かせて、可能性を活かすきっかけを探しているところなのだ。それだけに、可能性を閉ざしてしまうような考え方には恐怖さえ感じてしまう。“画一的発想”は私にとって発展の敵になるらしい。そして、その対極にある『その犬や猫による!』は、私にとって“可能性”を探るための切り札だったのだ。
理想や信念あったとしても画一的に“決めつける”ところに“智慧”はない。“智慧”のないところに真の喜びや発展はない。真の喜びのないところに幸福はない! ウオォォォ〜!(?)
なんと素晴らしい“リンク”だろう!? 犬猫のお話が“幸福”まで繋がってしまった…(汗)。犬さん、猫さん、Yさん、ありがとう。
教訓1◆何事も“塊”として捉えていては活路が見出し難いものだ。
教訓2◆犬猫は幸せの素(?)。大切にしよう!
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